代表・高橋保廣
3月15日
積雪1.3mの新庄です。娘の嫁ぎ先の宮城県亘理町に、連絡が途絶えたので心配の余り行ってきました。
12日でしたが、途中道路はひび割れ、陥没あり、崩れあり、電柱は倒れ、姿を見るまでは・・・・。
娘は黒い壁が押し迫る津波を見て、2階屋根の上に逃れ、難を免れましたが,他の介護師仲間は津波に飲まれ、現在も行くえ知れずとのことでした。自分も現場に行ってきましたが、ただただ、恐ろしい風景でした。
なくなった人のご冥福を祈るのみです。昨日13日は、一般人は交通規制で入れなくなっています。
3月21,23,25日
支援物資を届けに連日動いています。
3月21日、入谷地区(南三陸町、旧志津川町)、23日、陸前高田市、25日、石巻市と被災地の惨状を見、被災された皆さん方と直に話をし、何が必要なのか、自分は今何をすべきか、そんな強い思いに動かされている自分がいることに気がつきます。
帰りの車の中で、ガンバレヨガンバレヨと声を出し、涙があふれるのを抑えることが出来ません。
そうだよなあ、あの瓦礫の中には、兄弟が、親が、家族が未だ発見されずにいるんだもんなあ。
被災された3家族・8名の方が、今、我が家の家族と一緒の生活をしています。
東京の仲間からも支援物資を届けてよと、毎日送られてきます。
仲間と炊き出しも準備中です。この支援運動は長くなります。皆さん方のこころの支援をよろしくお願いします。
4月4日
気仙沼市の浜見山に農縁の仲間と行ってきました。山形の芋煮汁を食べてもらいました。他にはろうそく、長靴、カップラーメン,軍手、ヤカン、茶碗類、カセットボンベ、ガソリン、軽油等をもっていきました。
4月4日
被災されている現状を、より多くの人に知ってもらい、支援のこころを拡大できればよいと思っています。
そのようなことで、今回は若い農業後継者の息子達をも連れて行きました。
被災された皆さんと別れる際、男同士の強い握手で、お互い目で語り、思いを共有し、涙する場面も多くありました。
みなさんの心の支援をよろしくお願いいたします。
現地の代表者のメッセージをいただきました。
”皆様の心に感謝いたします。”紫会館避難所代表・鈴木武雄
4月11日
石巻市市役所に支援物資を届けに行きました。米150kg、卵400個など。恵愛病院では津波による院内のドロ排除作業のボランティア活動と支援物資を届けました。米150kg、卵900個、バラの花500本。
4月19日(阿部文子)
仙台市青葉区六郷中学校体育館に180名、JA会館その他役所関係などに避難している550名の方たちに、炊き出しを行いました。
メニューは牛丼で、大変喜ばれたそうです。
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