Prof. Jack A. Heinemann(Prof. ジャック・A・ハイネマン教授)
University of Canterbury (カンタベリー大学)
農業に関する最善の科学を総合判断するという大胆な目標が、2003年に始まった「開発のため の農業科学技術国際評価(IAASTD)」というプロジェクトで掲げられた。(Heinemann, 2009) IAASTDは世界の主要な農業開発機関による合同プロジェクトで、世界銀行が発案し、国連食糧農 業機関(FAO)、国連環境計画(UNEP)、国連開発計画(UNDP)、ユネスコ(UNESCO)、世界保健機関 (WHO)、および地球環境ファシリティー(GEF)の協力によって実施された。(IAASTD, 2008).
大規模なアセスメント評価は、複数章のグローバルレポートひとつと複数章のサブグローバル レポート5つとで構成され、「政策決定者向けグローバルサマリー(SDM)」および「総合レポート (SDM)」という2つの包括的な文書でまとめられている。プロジェクト全体は、複数の利害関係者 を統括する事務局によって管理監督されている。事務局の構成メンバーは資金拠出機関、各国政 府、民間企業、および非政府組織(NGO)の代表者たちである。このプロジェクトは、これまでに 行われた農業アセスメントの中でも最も大規模で最も多角的な国際農業評価である。(Rivera- Ferre, 2008) このような評価が遅きに失しないことを願う。農業の恩恵と影響が富裕層と貧困層 の間で公平に分配されていないことがより一層明らかになってきている現在、農業への関心はか つてないほどに高まっている。このアセスメントでは、広範な環境悪化、人口増加、気候変動と いう問題にもかかわらず、2050年に農業がどのように人類の栄養摂取と健康に貢献するのか、し かも食糧生産の潜在能力を損なわない方法で行えるのかという核心的な疑問に答えるという野心 的な目標を掲げた。ひとつの回答は単純明快であった。これまでと同じやり方は認められない。 今のような農業のあり方ではこの目標に達することはできない。ではどのように農業を行うべき かという問題は、簡単に答えられる質問ではなかった。
世界の全人口を永遠に食べさせていけるような技術があるのかなど、誰にもわからない。少な くとも現時点では、食料、燃料、および原材料を生産するわれわれの能力を心配するのと同様、 われわれの食欲についても心配する必要がある。アセスメントでは、長い間不均衡な消費を行っ てきた社会に対して厳しい言葉が投げかけられた。補助金や市場をゆがめる取引形態、知的財産 権(IPR)に関する非対称な枠組みを使って自らの消費を維持しようという試みに対しては、さらに 厳しい言葉が与えられた。明らかなのは、少なくともこれまでに開発され、使用されてきたよう な方法の遺伝子操作技術では、世界を食べさせることはできないということである。
GMO(遺伝子組換え生物)についてアセスメントが解明したこと:
1. GM作物が初めて市販されてから過去14年の間、GM作物の収穫量が全体的、持続的または確実に増加したという証拠は何もない。
2. GM作物を採用した農家の経費が持続的に減少した、またはそのような農家の収入が持続的かつ確実に増加したという証拠は何もない。
3. 農薬の使用量が持続的に減っているという証拠は何もない。事実、除草剤の中には劇的に増 加したものがあり、GM作物への特殊な散布方法により、伝統農法を行う農家の雑草防除に対する選択肢が狭められている。
4. GM作物の圧倒的多くは、収穫量を高めることを目的として作られたのではなく、特定の農薬または殺虫剤を売るために作られたものである。
5. 世界の大多数の農家が求めるような作物が遺伝子操作によって生み出されたという証拠は何もない。
6. 植物の遺伝資源を少数の巨大企業の知的財産権として無差別的に強奪したことで種子業界が統合され、長期的な植物農業生物多様性と生物多様性が危機に晒されている。GM動物が実現可能な商品となった場合には、同じ収縮作用が動物の遺伝資源についても起こることは間違いない。
新しいGMOは、現存するGM作物に有利に働いたアセスメントより高い基準と透明性および独 立性を持つ、安全性と環境についての一貫したアセスメントを受けるべきである。GM作物の採用 は、過去数十年の農業における多くの「単純化し過ぎ」つまりモノカルチャーの傾向と一致して いる。最も顕著なのは、アメリカやカナダ、アルゼンチンなどの国々の作付体系を特徴付けてい る大規模単一栽培である。これらの国々は、GM作物の一大生産国でもある。モノカルチャーでは、 土壌を回復させるのに多くの外部入力を要し、害虫駆除に大量の殺虫剤を要する。単一作物のた め、特定の害虫が大量に発生するからである。植物および動物の集中的なモノカルチャーによっ て農業景観が過度に単純化されると、農業生態系の抵抗力が弱まり、その結果持続可能性も低下 する。GM作物の商品化は、単一栽培モデルの枠組み以外で通用するものを何ひとつ示していない。 遺伝子操作によって害虫駆除を単純化するという試みは、少数の農薬の使用増加という結果につ ながった。これによってこれらの化学薬品に対する抵抗性頻度が高まり、代替製品の多様性も失 われた。結果として、GM農法および非GM農法の両方で収穫量の持続可能性が脅かされている。 最終的に、農業の産業モデルもまた、食生活の過度の単純化と相関関係にあるのである。(Chávez and Muñoz, 2002, Hawkes, 2006, Scialabba, 2007, Tee, 2002) 多くの国々では、栄養失調は低体 重および過体重の多さが特徴であるが、低体重と過体重の両方が同一世帯内で見られることもよ くある。脂肪、タンパク質、炭水化物の元がわずかな種類の植物および動物であるため、人間は 微量栄養素欠乏によって病気に掛かりやすくなる。
その他の解決策についてアセスメントが解明したこと:
1. 農業生態学的な手法に投資することで、世界中の人々への持続可能な食糧供給に貢献できるという確固とした証拠がある。
2. 伝統的な交配やマーカー遺伝子利用による育種などの実証済みの技術に今すぐ再投資すべきである。
3. IPRの枠組みを緊急に見直すべきである。生物由来物質が特許や特許に準じる方法で保護され 続けるのであれば、知的財産の定義と、知的財産を開発する公的機関に対するインセンティブを変える必要がある。
4. 農産物輸出大国は、食料の安定確保と主権を国外でも推進する貿易援助方針を緊急に採用す べきである。
現在を特徴付けているものは、世界中のあらゆる人々に食糧を供給しようという意志が国際社 会に欠如している点であり、供給するための手法が欠けているわけではない。将来を特徴付ける のは、手法さえも失ってしまうかもしれない点である。今からその日に備える必要がある。
このスピーチの目的は、遺伝子操作とその他のバイオテクノロジーとを戦わせることではなく、 目的にかない地域でも高く評価される、栄養豊かで美味しい食べ物を十分に得るという我々の共 通の目標を達成するための、しかも未来の世代に食糧供給し続ける能力を失わずにすむための正 しいバイオテクノロジーの開発進路を示すことである。このような食の未来への道が、地域社会 を強固にし、地域経済を構築させる点も重要である。このアセスメントでは、世界中の人々に持 続可能な方法で食糧を供給する道が、農業の抵抗力を高めるだけでなく、地球上の多様な生態系 を回復させ、人類の農業の多様性喪失をくい止めることができると確信する。遺伝子操作を含む 現代のバイオテクノロジーがこれらの幅広い社会的および生態学的解決に貢献し、適合する限り は、歓迎する。しかし、よく言われるように、今やGMOは行動で示せない限り静かに黙るべきである。
世界中の人々に食糧を供給するのと同時に、持続可能な農業生態系と社会を築くには、農業生 態学に関する現在の知識だけでは足りない。(Tilman et al., 2002) 政府、慈善家および産業界が、 知識の確保と方法論の改善を行う調査や機関に出資し、実現をカスタマイズする必要がある。こ の知識は農家の協力の下に蓄えられるべきであり、相談機関、非政府組織、および民間企業を通 して分配されるべきである。
国際社会は農業生態学的な農業を追求して利益を得ることができるだろうか。可能性は高いが、 新しい経済モデルが必要なことには疑問の余地がない。これまでに述べたような目標を達成する ためには、技術や関税を操るだけではダメである。化石燃料のような再生不可能資源を使った場 合の本当のコストを説明できるようにならなければいけない。生態系サービスとしての「耕作限 界地」や水の価値を判定する必要がある。農家を中心とした現場の環境保護者たちの貢献を認識 すべきである。最終的には、「この土地からどれだけの作物が取れるのか?またはこの牧草地で どれだけの畜産動物が放牧できるのか?」という質問から、「この土地、この作物、この家畜、 あるいはこの農家を養うにはどれだけコストがかかるのか?」という質問に変える必要がある。
正しいバイオテクノロジーとは、その実施に当たって精度と有効性の両方が高いものである。 「よく誤解されるのは、有機農業が原始時代の農作業に戻ることを意味すると思われてしまうこ とだ。有機農法は伝統的な知識と実践方法に基づいているが、有機農法がもたらすものは現代的 で、人工的な肥料や殺虫剤を用いずに成功できる環境にやさしい集約農法である。」 (p. 217 Scialabba, 2007).
低インプット低収量農法への回帰は答えではない。しかし現代の農業生態学的アプローチは決 して低収量ではない。とはいえ、多くの場合、これらは比較的低インプットではある。大部分の 農業生態系でインプットを減らすと、地球環境の持続可能性を損なわずに、外部インプットを他 の場所へ適用する上で必要な柔軟性をもたらすことができる。正しいバイオテクノロジーは手に 入れることができる。貧しい自作農が、地域の知識を集約し、革新技術を普及させる機構を利用 することができ、自分達の手による市場の形成を邪魔されない限り、今すぐにでも実施できる。 成功へのレシピはこのアセスメントに書かれている。
参考文献
Chávez, A. and Muñoz, M. (2002). Food security in Latin America. Food Nutr. Bull. 23, 349-350.
Hawkes, C. (2006). Uneven dietary development: linking the policies and processes of globalization with the nutrition transition, obesity and diet-related chronic diseases. Global. Health 2:4, p.18 http://www.globalizationandhealth.com/content/2/1/4
Heinemann, J. A. (2009). Hope not Hype. The future of agriculture guided by the International Assessment of Agricultural Knowledge, Science and Technology for Development (Penang, Third World Network). http://www.twnside.org.sg/title2/books/Hope.not.Hype.htm
IAASTD. History of the IAASTD. http://www.agassessment.org/index.cfm?Page=IAASTD_History&ItemID=159 Rivera-Ferre, M. G. (2008). The future of agriculture. EMBO Rep. 9, 1061-1066.
http://www.nature.com/embor/journal/v9/n11/full/embor2008196.html
Scialabba, N. E.-H. (2007). Organic agriculture and food security in Africa. In Africa Can Feed Itself, A. Nærstad, ed. (Oslo, AiT AS e-dit), pp. 214-228. http://www.agropub.no/asset/2636/1/2636_1.pdf
Tee, E.-S. (2002). Priority nutritional concerns in Asia. Food Nutr. Bul. 23, 345-348.
http://www.nutriscene.org.my/journals/Tee 2002 - Nutrition concerns in Asia.pdf
Tilman, D., Cassman, K. G., Matson, P. A., Naylor, R. and Polasky, S. (2002). Agricultural sustainability and intensive production practices. Nature 418, 671-677. http://www.nature.com/nature/journal/v418/n6898/full/nature01014.html
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