2010年1月11日月曜日

新春メセージ・世代間コミュニケーションを考える

田中正治


千葉の鴨川に移住して11年になる。鴨川といえば「鴨川シーワールド」を思い浮かべる人が多いでしょうが、僕たちの住んでいるところはここが鴨川なの?といわれるような山間部。

ここ7〜8年、鴨川から南房総にかけて、30才代の子持ち若夫婦の移住が目立つ。ほとんどが半農半X系。自分のやりたい仕事をやりながら田んぼや畑を耕すライフスタイルだ。

草木染、整体、陶芸、マクロビオティック料理、オーガニックカフェ、ジャーナリスト、鍼灸、有機専業農業、絵画、建築、菓子作り、パン作り・・・などを仕事にして いる。

南房総では、若者たちが立ちあげた地域通貨・安房マネーに170家族(350人)くらいが参加している。誰も知人がいず、移住してきても、地域通貨の会員登録すれば、仲間が出来てしまう。

安房マネーの会員は30歳台を中心にユニークで魅力的な人が多い。時々、鴨川と館山でオーガニックマーケットを開催する。自分たちの作品や商品を持ち寄って販売する。



移住してくる若者たちは、都市文明にどこか決別している部分があって、(といってもパソコンや携帯電話や自動車は使っている)エコロジー、ネットワーク、自律・自立、いのちなど、どこか共通する価値観をもっているようだ。

最近、ある人が「地域自給組合」をつくろうかと言い出して、スタートした。塩は普通、だれも買っていると思うが海が近くにあるんだから、塩をつくちゃえとプロジェクトが始まった。20人くらい集まって、酒を飲みながら1日かけて塩を造ってしまった。

麦プロジェクトも始まった。パンを自分で焼いている人はけっこういるが、麦を植えて小麦粉を作りパンを作っている人はさすがに少ない。だったら、自分たちで麦を撒いてパンを自給しようというわけだ。

そんな「地域自給組合」の会議に出てみると、ソフトで柔軟で他人の発言を尊重したコミュニケーションが行われる。”俺が、俺が”的発想はない。個人の発案は尊重されながら、お互いのアイディアや意見の共通項を広げていこうとする。

では、相違点や対立点はどうするのか?ストレートに相違点を批判することはない。”ちょっと違う感じかな?”といった表現で、やんわりと批判したりする。何よりも共通項を広げて、方向性と行動計画をきめ、実行していくことによって、相違点を狭めていこうとする様に見える。

1960年代世代が、他者との意見の相違点を明確にしながら、他者を自分の意見で説得しようと、論戦を挑んだのとは対照的な感じがする。

鴨川にも60年代世代(全共闘世代)が、1980年前後に10数人移住してきたといわれている。移住した当初、当時の若者たちは、昼間は一緒に田植えなど協力しながらやりながら、夜になると、酒を飲みながらガンガン論争したという。そして、結果は、お互いの意見の相違点を拡大した成果、結局個人に分散してしてしまい、現在は相互のネットワークもないようだ。

自己のアイディアや考えを明確にして、他者を批判・説得して多数派になることによって、次の行動の方針を決めていくというコミュニケーションの方法は、お互いにさわやかな関係を維持していける方法を編み出せば最高だと思う。でもなぜか、さわやかに終わることはまずない。何故だろうか?

以前、といっても10数年前、アメリカ人とイギリス人と一緒に日本的コミュニケーション について話す機会があった。彼ら欧米人は「はっきりとした自己主張をするのが当たり前の感覚。

対立してもそれは、何が真理であるかをめぐる論争であって、個人の属性とは明確に区別されるらしい。真理とは何か?真理に従うという思考の構造が歴史的に形成されているのだという。

従って、意見の相違は、真理をめぐる相違であって、真理は個人の人格とは独立している。いわば、超越的な神が真理を体現し、神に従ってきた長い歴史が彼ら欧米人の思考構造を形成してしまっているというわけだ。

ところで日本人にとって神は、森にも山にもかまどにも、石にも大木にも草にも、さらに、人々に尊敬された人が死ねば神になってしまう、神は超越的でなく、森羅万象の中に存在する、そんな自然崇拝の空気の中で日本人は育ってきたのだ。

従って真理を人格と区別することは頭の中で理解したとしても、実際には感情がついていけないのである。”あの人が言うならいいだろう。あいつが言っているなら信用できない”といった具合である。真理は人格にくっついて認識されてしまう部分が大きいように思われる。

そういう思考構造をもっている日本人間で、他者を批判し説得しようとすると、他者は自分の人格があたかも批判されたかのような感情を持ってしまう。従ってこれが正しい、これが真理だということを他者が受け入れるには、それ相応のキャラクターや場の雰囲気、表現法の工夫が求められる。

ところで、鴨川の山間部の農山村(棚田での稲作地帯)に住んで、部落の寄り合いに出席すると、そこには実に巧みなコミュニケーションが行われていることに気づかされる。

ほとんどの出席者は幼なじみだからか、意見の対立があった場合も、実に率直に言い合う。ただその場合、意見の相違は笑いながら、冗談ポク、まあ掛け合い漫才のようなノリとスピードでやりあうのだ。そこのは後味の悪さは残らないように感じる。

僕は移住者なので、そのスピードとノリには全くついていけない。相手とみんなの反応を瞬時に計算しながら着地点を見出すテクニックに驚かされる。

ほとんどの人が幼なじみの閉鎖的な生活共同体(相当空洞化しているが)村社会の中では、日本人は掛け合い漫才、冗談や駄洒落やユーモアは結構得意と考えていいように思う。

相互の反応を俊敏に予想しながら発言するという思考は、現在の若者たちにも引き継がれている。ただ、意見の相違を掛け合い漫才、冗談や駄洒落やユーモアのノリで乗り切ってしまうという伝統はあまり引き継がれていないようだ。吉本的ボケとツッコミ的コミュニケーションを得意とする大阪人を別とすれば。

相手の意見に対して言葉を咀嚼する前に、”ウンウンそうねそうね”と同調してしまうように見える。周りの雰囲気を壊さないように、他人を傷つけないように(自分を傷つけられたくないから)注意深く、すばやい会話をしているのではないだろうか。

作家の藤原新也氏は、それを「いい子キャラへの過剰適応」という。「いい子キャラ」を演じることが身についてしまっているという。その大きな原因は、ネット社会による監視機構ではないかという。ネットによる相互監視社会が登場し、それからはみ出してしまうことの恐怖、「学校裏サイト」の生み出す恐怖のようなものだろうか。

鴨川や南房総に移住してくる若者たちには、こうした相互監視社会からの脱出も移住の動機のひとつかもしれない。こうした若者たちは確かに、批判を会話の軸にすることはない。共通項を探し、その共通項を拡大知ることを会話の中心軸におく。他者の意見に対して「間」をおかず、咀嚼せず「ウンウン、そうねそうね」と言っているようには見えない。

コミュニケーションは相違点も共通点も明確にしながら、相互に理解度を高め、行動をともに出来れば最高だと思う。その場合、他者との相違点、対立点を批判し、自分の考えを納得感を持って相手に伝えるための方法のレベルアップが必要ではないだろうか。

欧米社会では、「批判精神と自立した個人」の育成は長い伝統と生活・教育の中で育まれているようだ。日本人はそうした伝統を持たない。従って、前提的に「批判精神と自立した個人」を想定するとたいてい空振りになってしまう。

むしろ「個の力」を組み合わせてよりよい仕事や行動をする「チームの時代」へと移りつつあると考えたほうがよさそうだ。カリスマの時代からチームへの時代への移行か。

「個の力」「自由な発想」を伸ばしつつ、孤高の存在になるのではなく、チームの中で力を発揮し、自立・自律していく、その過程でのポイントは、日本的コミュニケーションの伝統を「あいまいさ大好きコミュニケーション」ととらえるのではなく、共通項を広げながら、相違点は自由闊達で掛け合い漫才的、冗談、駄洒落、ユーモアの伝統を引き継いですっきりさせていく、そんなことが出来ればいいのにね、と夢想したりしている。


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